地方創生はカリスマによって行われるのか?2018.11.28

この度出版した『奇跡の集落:廃村寸前「限界集落」からの再生』において、私が書籍で伝えたい事が端的に表現されたレビューを頂きました。

これはとても嬉しかったのでブログにも記事として書かせて頂きたいと思います。

レビューのページはこちら

「地方創生は一人のカリスマの存在だったり、鮮やかな独創的な手法で一気にうまくいくものではない、地道なプロセスの積み重ねだということを教えてくれます。
 前半をさっと読むと奇跡の集落の秘訣は様々な献身的な人々の努力の積み重ねといろいろなめぐりあわせではないかと思ってしまいますが、この本の後半ではきちんと偶然に見える事柄から必然な事象をきちんと社会科学的に分析しています。そういった意味でこの本はカリスマが起こした「単なるサクセスストーリー」ではなく、一つ一つ地道に積み重ねていく地方創生にとって再現性のあるアプローチを提唱しているといえると思われました。」

歴史にも英雄史観という言葉がありますが、カリスマ的な英雄が歴史を動かしてきたと思われがちです。
しかしながら、本当はカリスマ的な英雄以外の数多くの人達が関わり合って歴史は動いてきたわけです。
地方創生の取り組みは現在進行形の歴史であり、一人一人の行動の積み重ねが我々の未来を創ると思います。
誰かが何とかしてくれるという他人事ではなく、一人一人が我が事として主体的に動く事が大切だと思います。


2 Comment on "地方創生はカリスマによって行われるのか?"

  1.  森口敬造

    おっしゃる通りと感銘いたしました。
    私も微力ながら関わりあっている一人であるように生きたいと思っております。

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  2.  大貫 いさ子

    多田さんお久しぶりです。
    ご著書まだ読んでいませんでしたので、本日購入させていただきました。読んでからコメントすべきと思いましたが、ブログを読みながら、私も地域づくりに関わってきた一人として、地道な活動の積み重ねという言葉が実感として捉えることが出来ました。
    地域おこしは、汗と涙、努力と喜びなど、言葉にならない物語があるはずです。そこには、必要な登場人物がいて、それぞれが主体的な役割を果たしてきたからこそ、問題解決につながったと思います。
    しかしながら、私は多田さんのような核になる人、先導的な役割を果たせる人が存在していたからこそ、池谷の奇跡はおきたと考えております。

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